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陽炎型雑感

第2回〜「陽炎」インプレッション 編

 ピットロードの新しい陽炎型。これはもう・・・・何も言うことはないです。おしまい。

 

 さすがにこれで済ますわけにはいかないが、本当に何も言いたくないくらいに出来がいい。とんでもないキットが出たものだ。  どうでもいいような細かいことを、あれこれ書いてみようかと思ったがやめた。

 詳細な外板表現であるとか、繊細なパーツ群であるとかは、模型誌なんかで散々取り挙げるであろうから特に言及はしない。組み上がった印象などは、誌面等でみていただきたい。

 

 ここでは、なぜこのキットを素晴らしいと思うのか、前回触れた「解釈」という点に注目して述べてみたい。

 

 甲板上の構造物を構成するパーツに「G1」というのと「I1」というのがある。これがもう只モノではないのだ。

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左が「G1」、右が「I1」。2つが組み合わさって中央部の構造物基部を形成する。「I1」は左右貼り合わせではなく、一体成型。しかも表面のディテールが左右別モールドなのだ!

 「I1」というのは探照灯台座の基部なんだけど、その下段、3箇所に出入り口のモールドがある。

 側面図は通常、右舷が描かれるものであるから、左舷の窓とか扉なんかはわからない。では、全く不明かというと、そうでもなく、各種平面図に書き込まれた扉や開口部を読み解くことによって、左舷のディテールというものはある程度知ることはできる。だが、わかるのは位置だけで、それがどんな高さにあって、どんな形状をしているのか(丸いのか四角いのか)ということまではわからない。なので写真との照合が必要になってくる。これが地味な作業で面倒なんだ。

 このキットは、設計にあたって「不知火」の損傷修理写真を詳細にリサーチした形跡があって、その結果が、この探照灯下のパーツに反映されている。 

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図は「野分」の上甲板平面図。前方から、1:機関室用具格納所への扉、2:金属洗?所の開口部、3:廊室への扉、が描かれている。「不知火」の写真でも3箇所の出入り口が確認できる。

 別に普通のことじゃないか、と思われるかもしれないが、もしお手元にタミヤでもハセガワでもいいので、1/350の陽炎型のキットが有れば、この部分のパーツを見てほしい。扉が一つあるだけじゃないか?別に他メーカーを貶めるつもりはないが、このキットは、図を読み取って、写真を検証して、形状を判断する、という「解釈」のレベルが非常に高い。

 さらに「G1」のパーツ。二番煙突左舷に小さな板のようなものが立っている。実はこの正体がなんだかわからない。どの図を見ても描かれていないのだ。しかし、写真を見ると確かにそれはそこに在る。これは「不知火」だけではなく、陽炎型や夕雲型の写真を注意深く見ていくと時々見つけることができるものだ。どこかの3D本で、これを吸気口と解釈しているものが有ったが、それは違うだろうと思う。奥行きのない、板状のものだ。何かの収納所のようなものなのか、色々調べて見たのだけど、さっぱりわからない。ご存知の方がいらっしゃれば、ぜひご連絡いただきたい。

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「G1」にモールドされた謎の物体。写真でも確認できる。この部分は間違っても削り落さないでいただきたい。何かはわからないが、表面に蓋がしてあるようにも見えるので、前面を少し色を変えて塗るといいかもしれない。

 とにかく、この謎の物体が再現されていることにびっくりした。図面見ているだけでは作れないモールドなんだな、これは。既存の解釈(キット)に寄りかからず、図だけではなく、きちんと写真を見ているという証拠だ。

 私は、ピットロードの(というかフライホークの)リサーチャー、設計者に、心の底から敬意を表するよ。

 

 たった2つのパーツで長々書いてしまったが、このキットにはこうした優れたリサーチが随所にみられる。従来のキットよりもディテールが多いにもかかわらず、過剰になっていない。そして全体として良好な佇まいに結実している。ただ詳細なだけでなく、旗甲板のように、端を削ぎあげるように形成することで、薄く見えるような工夫もあって、なんというか脱帽しかない。

 砲塔と発射管楯は、従来のパーツとは異なっていて、ジャッキステーのモールドが無い(発射管楯の側面のみ有)。まぁ必要な人はエッチングで対応するだろうし、ジャッキステーよりもリベットで精密感を演出する狙いなのだろう。このリベットは当然オーバースケールで、他キットと並べた時の整合性など、ユーザーの判定は分かれるところだと思う。

 

 砲塔はよくC型の形状を再現していて、下部の支持構造が別パーツで用意されている。これが有ると無いとでは、低い位置から眺めた時の実感が違うんだな。毎度毎度、この工作が苦痛だったので非常にありがたい。

 2・3番砲に補強リブがあることについては色々な人が言及するだろうが、リベットを消さずに削り取るのは至難。なぜリブ無しの砲塔がセットされなかったのかはよくわからない。勝手な想像だが、メーカーはこのランナー枠3乃至4枚で、武装セットとして別売りする思惑があるのではないか。

 ちょっと余計なことも言っておこう。砲室前面には仰角制限装置がモールドされているが、以前書いたように、仰角制限装置は、砲室前面下の甲板に付く、円弧状の柵まで含んでワンセットになる。キットは三番砲のみ、この円弧状の柵が省略されているので、プラ材で再現してやりたい。

 

 艦橋の窓は天蓋と一体で、エッチングで置き換えるには削らないといけないのが残念。左右の張り出し部の支柱が省略されているので追加してやりたい。前回言及した方位盤下の形状は文句なし。実に印象の良い艦橋で、ここだけ別売りしてくれないものだろうか。この艦橋と砲塔でハセガワの朝潮型を作ってみたい。

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魚雷収納筺下と各種吸気筒、キャプスタンのパーツ。それがこのディテールですぜ。

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羅針艦橋後方のパーツ。実艦はラッタル中段左舷に窓が一つあるので、こだわる人は開けてみよう。

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煙突は前後ともに一体成型。ちゃんと上部も開口している。

 エッチングの1枚も付かずに3000円という価格はどうかと思ったが、この内容ならば納得。初版は完売状態だというから、結局、高くても良いものは売れるのだな。繊細なモールドに極細のマスト・配管類と、艦船模型のハードルを、色々な意味で一気に上げてしまった感がある。ユーザーは、細かいパーツを無くさないように、綺麗な彫刻を潰さないように、細心の工作が求められるだろう。慌てずに、じっくり時間をかけて作っていただきたい。このキットはフルハルで作ることをオススメする。こんな良くできた艦底パーツを使わないのは勿体無さすぎだ。(2020.3.5)

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