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番外編 わからないことはわからないのだ 

後期駆逐艦の艦橋周辺について

 例によって、模型のほうがあまりすすんでいないので、ちょっと番外編でも。

 

 ここのところ特Ⅲの機銃増備後であるとか、夕雲型や島風とか、大戦後期の艦がリリースされているが、資料の関係で中期以降の駆逐艦には本当によくわからない部分が多い。そこで、どこの何がわからないのか、あれこれ並べてみたい。砲塔はすでに取り上げたので、今回は艦橋など。

20センチ信号灯の謎

 特型や初春型の艦橋天蓋にあった30センチ信号灯が開戦前に撤去された、という話は前に書いた。非力なのが原因だろう、とも述べた。白露型以降の艦は最初から天蓋に信号灯を装備していない。

 開戦前まではそれでも問題はなかったのだが、ところがいざ実戦になってみると、無線封止の状況下での隊内連絡が思いのほか困難で、あらためて信号灯の有用性が認識されることになった。そこで急遽、設置されたのが20センチ信号灯。この信号灯は簡易な構造のため、短期間での大量生産が可能で、駆逐艦に限らず幅広い艦種に配布された、ということが電気技術史に出ている。搭載されていることはわかっているのに、言及されることがあまりない装備のひとつだ。

 

 さて、ここからが本題。実は、この20センチ信号灯の設置場所がよくわからないのだ。特型や初春型には元々の信号灯の設置場所が艦橋天蓋にあるが、20センチ灯はどうも天蓋ではなく、羅針艦橋平面のどこかに置かれたらしい。大戦末期には艦橋側面に取り付けられていたことはわかっているのだが、それ以前はどこにあったのかがはっきりしない。

 図は昭和19年の天霧の羅針艦橋平面で、20センチ信号灯が明記されている。左右の張出しの外側に信号灯を置いていて、ちょっと異様だ。これ、ブルワークとか手すりとかどうなっているんだろう?でも、戦時中(18年頃?)に撮られた天霧と思しき写真にはこういうものは写っていないんだよね。特型に限らず戦争中期の駆逐艦の写真で、20センチ信号灯が確認できるものが無い。おそらく艦橋のブルワークの内側にうまく納まっているのだろうと思うのだけど。

 この信号灯、末期には艦橋の側面に取り付けられるようになって、写真でも確認できるのだが、模型的には省略されていることが多い。タミヤの雪風にも入っていなかったかと思う。

哨信儀の設置と張出しの追加

 戦時中に追加された艦橋装置に哨信儀(二式哨信儀)がある。哨信儀はIRフィルター付きの信号灯と赤外線受光レンズ、それに双眼鏡の3つの部分からなる装置で、容積は別として、平面的には従羅針儀付きの12センチ双眼鏡と似たり寄ったりの大きさだ。  白露型以降の艦橋は非常にコンパクトにまとめられていて無駄がないのだけれど、余裕もない。哨信儀を新たに搭載するためにはスペースを設ける必要がある。哨信儀は12センチ双眼鏡があった位置に据えられ、双眼鏡は新たに艦橋後方を拡張して、そこに移された。戦後の雪風の写真を見ると、艦橋後方に新造時には無かった張出しがあるのがわかるが、この張出しは双眼鏡のために設けられたものだ。この張出しの外側には20センチ信号灯が付く。この信号灯を哨信儀と解説している例があるが、上で述べたように哨信儀はもっと複雑な装置で、これはおそらく20センチ信号灯だ。現状調査表でも哨信儀の位置は艦橋の内側になっていたかと思う。

 特Ⅲおよび白露型から夕雲型、島風までの羅針艦橋は近縁種と言ってもいいような形状なので、哨信儀を装備した艦は、この張出し及び信号灯が有ったのではないか、というのが私の考えだ。裏付けとなる資料(写真)もあまりないのだけど。

潮:艦橋の張出しが後方に拡張されている。実はその形状がよくわからない。外側に信号灯がついている。

響:後方に張出しが追加されている。外側に信号灯がついている。

旗甲板の拡張

 天霧の図をみると、旗甲板が拡張されていて、その広がり具合はちょっと異様にすら感じる。だが特Ⅱ型の旗甲板が拡張されたのは事実のようで、学研本にある折り込みの潮の写真をよく見ると旗甲板が三脚の幅いっぱいまで広がっているのが確認できる。同じ本の中にあるスラバヤ沖海戦時のⅡA型の写真と比べると、その変化の様子がよくわかると思う。陽炎型の雪風も、やはり旗甲板を拡張しているのが戦後の写真から見てとれる。この旗甲板の拡張というのが末期の駆逐艦の特徴で、陽炎型や特型に限らず、各型で施工されていたのではないかと思うのだ。

 雪風は下に電探室を設けているので、上になる甲板が広がるのは当然といえば当然なのだが、潮や天霧には電探室がない。どうも、この旗甲板の拡張というのは電探室の有無とは関係がないらしい。むしろ電探装備による前檣の改造と関係があるのかな?とも考えたが、電探未装備にもかかわらず旗甲板を拡張しているように見える、18年頃の「潮」の写真もあるのだな。どうもこの辺りのことはよくわからない。

沖波(左)と巻波(右)の艦橋付近。2つを比べてみると、沖波には追加の張出しがあるのがわかる。また、旗甲板は張出しから三脚までが直線になっていて、巻波とは明らかに形状が異なっている。沖波は下部艦橋が少し拡大していて、旗甲板も最初から拡張した形で竣工したようだ。

 ついでに前檣のことにもふれておきたい。島風の22号電探は、斜め左に突き出たちょっと変わった取り付け方をしていて、他の駆逐艦とは異なっている。島風は特殊な艦であるから電探の架台も特殊なのかと思っていたのだけど、どうもそうでもないらしい。  

 下の写真は戦時中に南方で撮影された陽炎型で、色々な出版物に掲載されているから、ご覧になったことがある方も多いのではないかと思う。(これを雪風としている例があるが、根拠がよくわからない)電探装備の駆逐艦の前檣というと、通常、戦後の雪風の写真で見るような、電探架台までが三脚で、そこから上が単檣になっているものを思い浮かべるかと思う。しかし写真の艦は上の方まで三脚になっていて島風と同じ形状になっているのである。島風が唯一独自の形状では無かったということだ。ただ、島風状態の時期があって雪風状態に改装されたのか、島風状態の艦と雪風状態の艦と2種類あったのか、それとも写真の艦には特殊な事情があるのか、材料が無くて判断ができない。電探そのものについて書かれたものは色々あっても、架台や取り付け方法の経緯に関するものが、全然無いのだ。

 今回はいつにも増してとりとめのない内容になってしまった。大雑把に言うと、張出しの追加、旗甲板の拡張、外付けの20センチ信号灯、の3つが後期駆逐艦の艦橋の特徴ではないかということだ(これにプラス逆探かな)。残念なことに、強く主張できるほどサンプルが無い。エラソーに書いているが、新たな写真でも出てくれば、簡単にひっくり返ってしまうかもしれない、あやふやなものだ。

 この他にも夕雲型や島風の艦橋装甲板はどうなっていたんだ?とか謎はいくつもある。ことさら左様に中期以降の駆逐艦は具体的な資料に乏しくて、わからないことが多い。わからないということは、独自の解釈で自由に作ってもいいということでもある。難癖つけてくるヤツだって、本当のところはなんにもわかってないんだからね。

前檣について追記

入渠作業中の野分の写真は2枚あるが、前檣の状態が明らかに異なっている。おそらく同時に撮影されたものではないのだろう。

 電探装備の前檣に関して、陽炎型の「野分」は島風と同じ形状なのではないか、というご指摘をいただいた。「野分」と言えば戦時中の損傷修理時の写真(丸スペの裏表紙にもなっている)が有名だが、この写真、よく見ると前檣に足場を組んで何か工事を行っている。中段に見慣れぬ設備があってそれが前方に突き出ていて、どうも電探の架台のようだ。上の方は三脚のままだから、なるほど島風と同様の前檣ということになる。よく見かける写真なのに完全に見落としていた。見ている人は見ているものなのだな。ご指摘いただいた方、どうもありがとうございました。

 

 ところで野分が島風と同じような電探装備方法だったとすると、上の方であげた艦名不詳の陽炎型は「野分」か?と言うことになる。どうだろう、事実はそんなに単純ではないと思う。島風のような前檣の陽炎型が、1隻だけとは限らないわけだからね。 機銃等調査表をご覧になった方は(日本駆逐艦物語の巻末でもいいが)、島風状の前檣に描かれた例がいくつもあることに気づかれたかと思う。これらの図は、あくまで機銃や電探などの装備状況を確認するためのもので、記入用のフォーマットである艦型を云々するのはあまり意味がない(島風なんか旗甲板が無いよ)。だから前檣の形状などはあまり信用していいのかわからないのだけど、それでも、電探装備の前檣には2種類の形があって、艦により異なっていた、ということが窺えるのではないだろうか。(ちなみに野分の前檣は島風型に描かれている)

 実際にどの艦がどういう形状であったかは、最終的には写真で判断するしかないのだが、それは無理というものだろう。資料が無い。そのあたりの判断はモデラーに委ねられるわけで、たまには島風タイプの前檣で駆逐艦を作ってみるのも目先が変わって面白いかもしれない。

後期駆逐艦の艦橋周辺について 参考資料

グランプリ出版:『軍艦メカニズム図鑑 - 日本の駆逐艦』 光人社:「図解・日本の駆逐艦」 潮書房:丸スペシャルNo.41「日本の駆逐艦Ⅰ」 「各艦 機銃、電探、哨信儀等現状調査票」 出版共同社:「写真集 帝国海軍 下」 学研:19「陽炎型駆逐艦」、70「完全版 特型駆逐艦」「日本の水雷戦隊」 海人社:「日本駆逐艦史」 USNTMJ-200J-0112-0229 Report X-02-3-11 他

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