「薄雲」について

〜特Ⅰ型の艦橋周辺の敷物について考える

 R工廠さんが作った「薄雲」が色々言われているようだ。これが製作されたのは2017年の春だから、4年近くも前になる。そんな前のものを今更あれこれ言うのはどうかと思うが、そういうことはお構いなしらしい。言われていることの中に、艦橋周辺の辷り止めの形状がおかしい、というのがある。「薄雲」はこんな形をしていない、というのだな。実はこの部分に関する資料を提供したのは私だ(提供したのはこの部分だけ。ここしか提供できるモノがない。エラそーに言っているが、本当は参考になったのかも怪しい)。なので、この件に関しては私が答えようと思う。本当にR工廠さんは間違っているのかどうか、判定は読者諸兄に委ねたい。

 jirosan-shimizu とおっしゃる方のブログがある。この方のお祖父さんにあたる人が、開戦前に「薄雲」の水雷長をやってらっしゃった方で、当時の写真がブログに掲載されている。2009年から公開されていて、誰でも見られるモノだから、知っている人もいるだろう。勝手に転載したりリンクを貼ったりするわけにはいかないので、ここではトレースしたイラストを載せておく。読者の皆さんには面倒をかけるが、「鳩と薄雲」で検索して、当該の写真を発見していただきたい。艦橋前の記念写真だ。以下の内容は、その写真を見ながらだとわかりやすいかと思う。

 さて、問題の写真は撮影年と場所が入っていて、昭和16年に呉で撮影されたものだとわかる。舞鶴へ回航される前だから1月くらいのことだろう。被写体の足元、左舷には辷り止めが写っているが、右舷にはそれらしいものが見えない。右舷の後方にはリノリウム押さえらしきものが横に走っている。写真の明度やコントラストを動かしてみると、左舷の辷り止めはより明瞭になり、奥の方の見えていなかった部分にも凸部が現れてくる。ところが右舷には何も出てこない。凹凸が無いのだ。すなわち画面内、右舷方向はリノリウムということになる。縦横にリノリウム押えが写っているのだから、当然といえば当然なんだけど。

 では右舷は全面リノリウムなのか、というと、そうではなく、奥の方に少し色の変わっているところがあって、どうもそこが辷り止めになっているらしい。右舷の辷り止めの範囲は左舷よりも幅が狭くなっているのだ。

 右舷に細い辷り止めが写っているものといえば「白雪」最終時の空撮写真がある。子細に見ると艦橋との間はリノリウムになっていて、縦方向に押さえ金具が見える。辷り止め部分はダビッド後方で斜めにカットされているが、この形を見て、どこかで見たことがある、と思われた方は上級の特型マニアで、これは「浦波」の上面図に描かれているものとよく似ている。「浦波」も右舷の辷り止めは、幅の狭いものだ。思うに「薄雲」「白雪」「浦波」の辷り止め部の基本形状は同じなのではないか。

白雪(写真)と浦波(図)の右舷辷り止め部の形状はよく似ている(船首楼甲板の形状が異なるので、同一ではない。白雪の右舷はおそらく赤の破線のような形状)。

 ここで実験をしてみよう。特Ⅰ型の簡単な3Dデータを作成して、「浦波」の上面図にある辷り止めと、「白雪」の写真にある縦のリノリウム押え(矢印)を配置してみる。そして、これを「薄雲」の写真と同じ構図でレンダリングしてみる。この時代、広角や望遠レンズは一般的ではなかったから、個人のアルバムに貼ってあるような写真ならば、画角は標準の50mmでいい。

簡易なものだが、割合正確なつもりだ。

​艦橋は吹雪を流用。

ぐるっと回して、写真と同じように正面から見る。

撮影者(カメラ)と同じ位置になるよう近づく。これで同じ。

 艦橋の幅、舷側の位置などで大きさを合わせて、トレースしたものを重ねてみる。その結果がこれ。多少の誤差はあるものの、各部の位置はほぼ一致する。「薄雲」の縦のリノリウム押さえと、「白雪」の写真の縦のリノリウム押さえを前方まで伸ばしたものの位置は同じだ。三艦の辷り止めの基本形は同じで、おそらくこの形が、性能改善工事後の特Ⅰ型の艦橋周辺の敷物形状なのだろう。

 吹雪には改善工事中の写真が有って、そのうちの1枚は艦首部分のものだ。この写真、よく見ると右舷に貼り込み中の細長い辷り止め鋼板が写っていて、やはり吹雪の敷物も同じ形状であることがわかる。艦橋前の甲板はどういうわけか、場所によって色が変わっている。おそらく、色が濃く、マダラになっている部分がリノリウム、明るい部分が鉄甲板(辷り止め)部ではないかと考えられる。これで見ると、リノリウムの範囲というのは外板の継ぎ目とは関係がないようだ。艦橋前にあった昇降口が、改善工事後は閉鎖されているようだが、これは特Ⅰ〜Ⅲ型で共通。

 長々と述べてきたが、以上の理由から、性能改善工事後の特Ⅰ型の艦橋周辺の敷物は左右非対称であったと考える。左右対称で右舷側の辷り止めが艦橋に接するほどに幅広いならば、上で挙げた写真のようにはならない。

 R工廠さんの「薄雲」の辷り止めが左右非対称になっているのは、この写真を参考に作られているからで、間違っている、デタラメという意見に私は全くもって賛同できない。

 

 それにしても、正しいと主張している「薄雲」の甲板は何を根拠にしているんだろう?一見、特Ⅰ型の竣工時の図に似ているような気もするけど、まさか改善工事前の図の舷側を丸めて、性能改善工事後とか言ってるわけじゃないよね?なんだか他のところも色々怪しいな(18年時の「薄雲」に対抗して出すのが、なぜ14年時?さっぱりわからん)。なんでもいいけど、ここ見て船首楼甲板変えるつもりならば、R工廠さんの「薄雲」を参考にした、とどこかに書いておいていただきたい。

「薄雲」はむずかしい

 「薄雲」は昭和15年中国沿岸で触雷、大破して内地に回航された。そこから2年に及ぶ大修理に入るわけだが、この際だから装備や艤装を最新のものに変えてしまおう、ということになって、色々な工事が行われたらしい。福井静夫がそんなことを書いていた記憶がある。どんな様子か、舞鶴まで見学に行ったというのだね。これは例えて言うと、艦首を失った「春雨」が、夕雲型みたいな艦橋を付けて再生されたのと同じようなことが、「薄雲」でも行われた、ということだ(別に艦橋がすげ変わったという意味じゃないよ)。でも、これは珍しいことでもなんでもなく、損傷修理とは本来そうしたものだ。その時その時の戦訓なり標準なりが組み込まれるのが普通で、損傷前の状態に戻すことが「修理」なのではない。

 特型を調べている人が探しているのは、この大修理後の「薄雲」の写真とか図であって、それ以前のものは割とどうでもいい。変わってしまっているかもしれないからね。 損傷のひどかった中央部はどうなったのか。探照灯は初春型以降のトサカの無いものに替えられたかもしれないし、そうであれば探照灯管制機も新しいものになっただろう。そしてそれは旗甲板の形状に影響を与えたかもしれない。三番聯管付近の魚雷運搬軌条は、のちの天霧のように、後方へ向かう軌条が追加されたかもしれない。可能性は無数にあって、どれも証拠がない。

 資料が無い、同型艦からの推測も難しいという点において「薄雲」は日本駆逐艦屈指の難物とも言える。これに比べたら「島風」なんかはやさしい部類だ。

機銃等調査表の「薄雲」はスキッドビーム上に単装機銃を装備している。こんなところにどうやって載せたのか、全くわかっていない。「白雪」最終時の写真では、右舷のスキッドビームの形状が一部変更されていて、小さなスペースができている。もしかして、ここに機銃か人が乗ったのか?調査表だけではわからないことがいっぱいある。

 そういう事情なので、大修理後の「薄雲」に関しては2020年の時点では考証が定まっておらず、細部を云々するのは意味がない。昭和14年時に舷外電路付ければいいというものではない。実際、上で紹介した写真をみても、艦橋正面のジャッキステーの付き方なんかは、特Ⅰ型のどの写真や図とも異なっている。まぁ、これが当時の特Ⅰ型の標準なのか、「薄雲」独自のものなのかもわからないのだけれど。なので「薄雲」を作られる方は、あまり細かいことは気にしないで、自由に作るのがいいと思う。文句がつけられる人がいるとは思えん。

 

 同じ話の蒸し返しになるが、模型は模型である以上、全てが実物通りになるなんてことはない。正確な模型なんて幻想だな。

 

 昔、長谷川一郎さんが書いていたが、図面通りに正確にソリッドモデルを作るのだが、どうも写真とは違って見える。それで、ある時、図面通りのものと少しデフォルメしたものと、二機同時に作って見たら、デォルメした方のが写真のイメージに近かった。どうしてそういうことになるのか、色々考えたのだけれど、結局50分の1で作ったものを撮影するのならば、カメラも50分の1でなければダメなんじゃないかと思い至った、というのだな。

 模型の「正しさ」って、なんなんだろうね。作らない人にはなんのことか、さっぱりわからないだろうけど。

 ところで大和ミュージアムのライブラリーも再開したようで何よりである。「薄雲」の件は、もう少し調べてみたいのだけど、家の事情で、当分遠征できそうもない。それで申し訳ないのだが、読者の中で「薄雲」と「磯波」の図をお持ちの方がおられたら、コピーを譲っていただけないでしょうか。きちんと謝礼します。いただいたものは丁寧にトレースして、解説を付してここに上げるつもりです。来年はそのようにして、手持ちの図など、いくつかをアップしていきたいと考えています。気長にやるので、ご連絡も気長にお待ちしております。(2020.12.4)

©2014.10.15 禁無断転載 図版の無断使用、加工等はお断りいたします。

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