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DD Model Laboratory
Ⅰ型とⅡ型の違い
後部構造物
二番砲の基部にあたる構造はⅠ型とⅡ型では平面形状が異なっていて、Ⅱ型はよりシンプルなものになっている。これはⅠ型では前方に飛び出していた魚雷収納筺を後方に移動したためで、その結果、構造後端も魚雷収納筺に合わせて後方に移動している。一見、前後に拡張しているように見えるが、魚雷収納筺を含んだ寸法は基本的には同じだ。後檣や二番砲の位置も同じなのだが、構造後端が後退した関係で三番砲はやや後方に移動している。その差は700分の1で約1ミリ弱で、小艦艇としてはそれなりの数値だ。



魚雷収納筺が前方に
飛び出している


魚雷収納筺を後方にずらす


各部をきれいに整形する

Ⅰ型とⅡ型の後部構造物は平面形が異なるだけで、構造全体の前後長はⅠ型でもⅡ型でもほとんど変わらない。後端が後退した結果、三番砲の位置が後方に移動しているが、後檣と二番砲の位置はほぼ同一である。
キットによっては、この構造を共通部品のようにしてしまっているのだが、ここはやはりⅠ型とⅡ型では別パーツにして欲しいなぁと思う。ここの部分の形状を変更しようとした場合、二番砲の位置や表面のモールドなどを考えると案外面倒なことに気づくはずだ。三番砲の位置や砲の軌条の問題もあるので、船体の共用にも無理がある。Ⅱ型とⅠ型は部品差し替えのバリエーションではなく、別物と割り切って開発していただきたい、というのが私の希望だ。


改善後のⅡ型の後檣付近の装備品は空中線引込筒2本と吸気筒2本、海水箱1基というのが基本らしいのだが、これらの位置・形状が色々で、見る写真、見る図面ごとに異なっていると言っても過言ではない。図は漣の公式図から作成したものだが、実艦写真を見るとどうも違っているようだ。(狭霧は図に近い)。時期的な変更もあるので、正解は無いに等しいと思ったほうがいいだろう。無責任なようだが、あまり悩まずに作ることをおすすめする。
(2015.7.10初出)
後檣付近について訂正
上の方でⅡ型の後檣基部は構造を貫通していると書いたが、再度資料を検討してみた結果、必ずしも正解とは言いがたいことが判明したので、修正します。
正しくは、貫通しているものと、Ⅰ型のように甲板室の前面が凹んで後檣の基部が露出しているものの2つのパターンが存在するというもので、おそらく後者がスタンダードではないかと考えられる。
「潮」の公式図は貫通しているタイプに描かれているが、「天霧」や「漣」の図では凹んだタイプになっていて、実際「朧」などは後檣基部が露出しているのが明確にわかる写真がある。
個人的な見解だが、2つのタイプの違いは個艦の相違というよりも、工廠の違いによるものではないか。上で潮と狭霧の吸気筒の向きは他艦と異なる、と指摘したが、両艦の共通点は浦賀船渠竣工艦であるということだ。そして狭霧の後檣基部もまた貫通タイプであると見られる写真が存在する。さらに同じく浦賀船渠竣工の「雷」の写真をよくみてみると、やはり後檣の基部は構造の中にあって前面には出て来ていないのである。
全ての艦の状態が判明しているわけではないので、工廠云々はあくまで推測でしかないのだが、とりあえずⅡ型とⅢ型の後檣基部周辺には2つのパターンが存在する、ということをご承知いただきたい。


なんだか訂正してばかりいるようで申し訳ない。しかし、いい加減な内容を放置するわけにもいかないのでお許し願いたい。それにしても、webはすぐに訂正ができるので本当にありがたい。紙媒体だったら苦悶のうちに一生を送ることになるところだった。他にも、ここは違っているのでは?という部分、気がついた点などがあればご連絡ください。
(2016.11.15追記)
後部構造物編参考資料
駆逐艦初雪・舷外側面及上部平面図 駆逐艦漣・舷外側面及上部平面図 ダイヤモンド社:「日本海軍艦艇写真集 駆逐艦」 光人社:「日本軍艦写真集」 ハンディ判日本海軍艦艇写真集16巻/駆逐艦 吹雪型[特型] 歴史群像 太平洋戦史シリーズ18 「特型駆逐艦」 70「完全版特型駆逐艦」
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